2018年12月07日

声をあげていく事の大切さ!つないだ手は離さない!

18年11月27日に行われた対県要請行動の会場に積み上げられた「すべての子ども達にゆきとどいた教育を進める教育埼玉署名」9万7486筆。一日の仕事を終えてから続々と先生や、保護者、生徒たちが、県庁第3庁舎4階講堂に駆けつけました。
「子どもが減少している中、先生は激務で、教育現場がブラック化している。先生が足りなくて教育に穴が開く。35人以下学級にすれば先生の数も増えるし、子どもたちも行き届いた教育ができる」「高校には行かなくてもいいと思っていた。でも今の学校に出あって学ぶことの大切さと喜びを知った。親の負担が大変。私学助成を充実して」と生徒からも発言がありました。高柳三郎総務部長は「現在17万人の生徒が私学で学んでいる。私学助成は重要な課題と認識している」と回答。会場からは「埼玉県の教育助成は遅れている。私たちの願いに応えてほしい」と声が上がりました。私は、「学校とは、教育とは『幸せになる方法をまなぶところ』しかし、日本は過度な競争に駆り立てられ、統一テストで『学力』を比較させられる子どもたち。親の経済力で教育に差が生じることのないよう請願支度のために頑張りたい」と紹介議員として挨拶。参加者はその後、浦和駅までパレードしました。
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2018年11月02日

記憶は消える  記録は残る  つなげたい 憲法のバトン

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県議会図書室委員会の視察。
国立公文書館(千代田区北の丸公園)と、東京都江戸東京博物館図書室(墨田区)へ。
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国立公文書館では、専門調査員の大津氏が説明。と言うか講演会のよう。
「モリとも問題で大いに国会が揺れた。こんなに公文書が脚光あびたことはない。縁がないと思っていた人達にも、知ってもらえた。良い意味で広がればよかったが、『公文書』を広く認識してもらえたのは、モリとも問題。」と、苦笑いを誘いながら本題に入っていく。
博物館、美術館は身近だが、「公文書」館は数年前までは知られていなかった。
「記憶は消える。記録をのこす」だから公文書の保管、管理、公開は子々孫々に歴史を伝える大切なもの。
「平安時代に「黒雲が湧き、牛が騒ぐ」そのあとに大地震があったと記録がある。東日本大震災と同じ災害があったことを、300年以上前の記録があることで、今に伝えられる」
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江戸東京博物館では、図書館司書の方が対応してくれた。専門的な知識が必要な支所の方たちが非常勤だというからびっくりだ。
博物館の展示を説明してくれた男性の言葉が面白い。
「江戸時代は、2階以上の建物は立てなかった。それは富士山が見えなくなるから。富士山の姿は庶民の励み。自分が子どもの頃は、その名残があって、富士山が見えた。朝起きて、『今日は富士山がよく見える。さあ頑張ろう』と元気になれた。こういう街づくりをしてもらいたいもんですな」!(^^)!

『大井宿』の名を見つけ、思わずシャッターを切る。船運で栄えた新河岸川流域にも「大井」の名称が在る。自分のすんでいる街がはるか昔から、歴史を刻んできたところだということを再認識した。
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2018年10月29日

小池晃書記局長が ほんとに走った!

「ちょっと」を集めて政治を変えよう―JCPサポーターまつり

日本共産党のJCサポーター制度発足後、初のイベントが10月28日東京都立青山公園で行われました。埼玉のブースがあるから、「県議団から派遣よ」と団長に言われ(笑)、「ちょっと」のつもりで参加(笑)。楽しかったですねえ!
 梅村さえ子比例候補の「梅ちゃんカフエ」は、消費税10%許さないの熱い思いが伝わるトーク。続いて、伊藤岳さんが、参加している地方議員を紹介。「1分間トークを」とマイクが回ってきて、金子まさえ県議(越谷選出)と「聞いてないよ〜」と言いつつ、「平和とくらし守る議席を再び!」と決意表明しました。
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「走れ小池!」ゴール
 小池晃書記局長が、NHK「日曜討論」終了後、本当に走ってきてゴールする姿を見ました。実行員会の要望に応えた企画で、3・23キロを走ってきた小池さん。

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図々しくツーショット。その後、「野党共闘で安倍政権を倒す展望」の落語家の立川談四楼さんとトークや、志位委員長のピアの演奏もあったことを、翌日のしんぶん「赤旗」で知りました。
 
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一人一人の条件や得手不得手が異なる中で、「ちょっとSNSができる」「ちょっと募金ができる」など、「ちょっとを集めてみんなの力で
政治を変えよう」の志位委員長の言葉を胸に、エネルギーをたっぷりチャージしました。

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2018年10月23日

新潟県中越地震から14年

14年前の今日 午後5時56分 新潟県中越地震が起きた日。

今日午後、「沖縄で地震」の報を見て、「そうだ今日は故郷小千谷で地震が起きた日だ」と思い、「中越沖地震」で、検索した。
すると、2007年(平成19年)7月16日10時13分23秒に発生ーと出た。
??? 私の記憶の中では10月23日なのに???


「中越地震」が、2004年10月23日 
「中越沖地震」が、2007年7月16日なのだ。
「記憶の風化」と言うが、きちんと語り継ぐこと、教訓をいかすことは、意識しないとダメだと思う。

2004年の翌年、11月に弟がなくなった。地震後の自動車の中での生活からくるエコノミー症候群。「1年以上もたってから❓」と信じられなかったが、当時の小千谷市報には、地震後1年過ぎても「血栓が飛ぶ」状態でなくなる人がいることが報じられていた。

2007年の「中越沖地震」の記憶は不覚にも消えていた。
言い訳ではないが、2005年に弟がなくなり、寝たきり状態だった父を埼玉に連れてきて、老健施設、特養ホーム探し・・とあわただしく月日が過ぎていったからだろうと思う。

2011年に東日本大震災が起きた。原発事故により、いまだに故郷に帰れない人もいる。
中越地震の時に、日本共産党で支援物資を集めて、故郷に行った。道路が大きくめくりあがり、家はつぶれ、大変な状況だった。
しかし、復興は早かった。おぢや祭りの祭囃子が流れる中で、私は、故郷の同窓生達に感謝した。

福島へは、復興支援バスツアーで何度か行った。初めのころは、津波で流されてきたものを撤去する作業、時が少し経つと、観光地の復興支援で、特産品の買い物ツアーにも参加した。しかし、東日本大震災は「中越地震」の復興のようなスピード感がない。
何が違うのか。
原発事故によって、故郷に住めない状態になっているからだ。

新潟にも、柏崎刈羽原発がある。
地震列島に 原発はいらない。
改めて思う。

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今朝は、ふじみ野駅西口で宣伝。塚越洋一市議と一緒。いつもなら、県議団会議の日だが、今週は水曜日に変更。
駅宣終わると、浦和に行くのだが、今日は、母のところに寄ってみた。
「あれ?珍しい時間に珍しい人が来た」と母。昔茶道を習っていた母に「日々是好日」の映画のパンフを見せたら「雨が降らなければいけるね」と映画見る気満々!(^^)! 母が持っていた茶器は、ご飯茶碗に使っている無作法な私としては、罪滅ぼしに、映画行くことを考えなくては〜。
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このブログを書いていて、ふと、23日だから 母のところに行ったのかしら・・・と 無意識の中の意識を意識する。(@_@)
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2018年10月18日

埼玉を海外の戦争拠点にさせるな!

三芳9条の会の白田さんから声をかけていただき、横田基地見学ツアーに参加。
県平和委員会の二橋さんの案内で、14人乗りのマイクロバスで。
運転手は、日本共産党三芳町議の本名ひろしさん。
お世話になりました。
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住宅地のそばに航空自衛隊入間基地のフエンスがあり、ごみ集積場所の柵には、念入りならせん状の鉄条網が張り巡らされている。
フエンスの上部の更なる鉄線は、住宅側から侵入されないように、手前にのけぞっている。
二橋さんいわく、「刑務所の塀は中側に傾斜している。入刑者が逃げ出さないように。この鉄線はこちらに傾いている。侵入を防ぐため。重要な秘密基地という証拠」だと。
@ 10時29分に訓練機が1機飛び
A 10時33分
B 10時34分
C 10時46分
D 10時51分
E 10時56分
F 11時     と、私たちが見ている間に 7機飛んだ。その騒音のひどいこと。
東町保留地(旧米軍基地跡)の森が伐採されて、Ⅽ2配備、自衛隊病院、災害対処拠点へと入間基地が拡張され、海外の戦闘地域と直結した基地になる危険性を、二橋さんが指摘。埼玉の基地はいま「後方支援」から「海外展開」の拠点へと変わる!沖縄の辺野古の基地問題が、我がことに感じた一日でした。12月9日(日)午後1時半から入間市産業文化センターで、入間基地拡張ストップ市民集会が開替えます。
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横田基地の広さにもビックリ。幹線道路(青梅街道)をまたいだ歩道橋で、米兵たちが自由に検閲も通らずに、海外からの病原菌を日本に持ち込んでいる危険性、日米地位協定のもとで、あまりにも、私たちの暮らしが危険な状態になっているのかを実感。
米軍基地の中にある学校は、25人学級。病院もあり、住宅も、広い庭があり、隣接する日本の住宅と比べてみても雲泥の差。これらが、みんな日本国民の税金「思いやり予算」です。
米軍は、本土にいるより安上がりなのです。
オスプレイが着地した場所も 確認しました。ヽ(`Д´)ノプンプン
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帰りに、米空軍所沢通信基地も通りました。米軍基地が返還されて作られた航空公園や公共施設も説明してもらい、基地がないことがどんなにか、環境や地域を豊かにしているかを感じました。「基地返還は市民の願い」と言う立て看板が市内14か所に建てられています。
バスの中も、現地でも、二橋さんの説明が素晴らしく、大変有意義な一日でした。
皆様 お世話になりました。
posted by とんちゃん at 23:41| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする